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「ドラマ東京裁判」とレーリンク判事

 小生が勤めている大学は27日から冬季休暇に入る。例年通り、その日が近づく今の時期は、定期試験の問題作成を終えると、忙しいなりに少し気分的に余裕が生まれる。そういうこともあって、家に帰ってから教養番組をいくつか見る気になった。ニュース以外の番組はたまにしか見ないのだが、この前の「京都人の密かな愉しみ」を見てから、NHKの不定期の特集番組で面白そうなものを探した。漱石没後百年に因んで放送されたETV特集「漱石が見つめた近代~没後100年 姜尚中がゆく~」は録画しておいたのを見た。また、先週、4夜連続でNHKスペシャル「ドラマ東京裁判」の放送があったが、こちらは妻の予約番組と重なっていたため予約できず、生放送で第1回の一部と最終回の後半だけを見た。この2つはどちらもよく出来た番組だった。
 「漱石」については、漱石と中国、朝鮮半島との関係という視点が新しくて、興味をそそられた。小生は、姜氏のもったいぶったものの言い方が、あまり好きではないのだが、ロンドンのカーライル博物館、ハルビンの旧ヤマトホテル、日露戦争の激戦地である二〇三高値、伊藤博文が暗殺されたハルビン駅のホーム、朝鮮王朝の閔妃の墓など、漱石が訪れた場所の現在の情景は印象的だった。漱石が、近代日本の歴史の結節点となるそれらの場所を訪れていたことはあまり知られていない。しかし、彼は、実際にそれらの場所に足を運び、世界情勢や日本の近代化の問題点を考えていたのだ。彼の講演や論説が、当時としては例外的に先見性をもちえたのは、その経験と思索があったからだと納得した。英国留学の成果である「文学論」のレベルの高さ、およそ10年という短い期間に書かれた小説の質と量、余技としての俳句や漢詩の完成度の高さ、どれをとっても尋常ではない。普通の人が何年かかってもできないことを、漱石は、49年の生涯でやってのけた。
 「ドラマ東京裁判」は、全体を通じての論評はできないが、一部を見ただけでも非常に興味深かった。東京裁判に関する本は、これまで数多く出版されていて、現在でも論争が絶えないが、それを、本や論文ではなく、史実や発掘した史料に基づいて、再現ドラマにしてしまうところがユニークである。11人の判事のそれぞれの個性が分かるようにうまく演出されていた。戦後の世界秩序の再建は、ドイツのニュルンベルク裁判と東京裁判から出発した。だから、すべての日本人がこの裁判のあらましを知っておくべきである。それに関する書物を読むのが面倒なら、このドラマだけでも見る価値はあるだろう。ただし、NHKが再放送をしてくれないと小生も見れないのだけれど。
 このドラマで、主人公に近い描かれ方なのが、オランダのレーリンク判事である。小生は、かつて、東京裁判について何冊か本を読んだことがあるが、その中でレーリンクの「東京裁判とその後」がもっとも公平で示唆に富む内容だったと記憶している。彼は、インドのパール判事のようにすべての判決に異議を唱えたのではないが、個別の反対意見を提出した。例えば、事後法の原則に則り、日本の政治指導者個人への平和に対する罪(侵略の罪)での訴追に反対し、文官であった広田弘毅の政策が結果的に開戦を招来したという解釈を批判した。そして、評判の悪い東條英機の長大な供述書を肯定的に評価し、気が狂ったと見なされて訴追を免れた大川周明について、「彼は誰よりも頭がよくて、頭がよかったから愚者を演じることができたのです。」と鋭い洞察を示した。
 レーリンクの本で、印象に残っているのは、無条件降伏についてのつぎのような発言である。「無条件降伏という過酷な概念は、ヨーロッパのみならず日本でも大混乱を巻き起こしました。それはアメリカから来たものでした。南北戦争以来、無条件降伏の原則はアメリカの国民意識の一部なのです。しかし、その原則の適用はヒトラーに対する反乱を妨げました。それは戦争をおそらく二年長引かせましたが、その二年間が最も悲惨な年月だったのです。そして日本では早期降伏を妨げました。無条件降伏でなければ、日本との戦争は原子爆弾より以前に終えることができたでしょう。」
 2014年12月9日のブログに、小生は、日米開戦はルーズベルトの明確な意思だったと思うと書いた。その考えは今でも変わらない。石油の禁輸措置に続いて、一方的なハルノートを突き付けられて、戦争以外の選択枝を考えることは難しかった。これは米国による明らかな挑発である。そして、レーリンクの言うように、日本の降伏を遅らせ、戦争の惨禍を大きくしたのも、米国の無条件降伏へのこだわりだったことは間違いない。日本人が少しでも第二次世界大戦に至る米国の外交政策について、批判的なことを述べると、日本でも米国でも歴史修正主義者か右翼ではないかと疑われる。そういうレッテル貼りは百害あって一利なしである。東京裁判について、そして、開戦に至った経緯について当事者以外の国の歴史家や国際法の専門家にも参加してもらって公正な研究が行われるべきである。
 東京裁判についても、政治的な論評ばかりが目立っていた。これまで、政治的に右派の人たちは、勝者による不当な裁きであり、そもそも裁判の体をなしていないと批判し、一方、左派の人たちは、この裁判によって戦前の軍国主義の指導者を処刑または収監して政治の世界から追放した点を重視し、戦後民主主義の出発点と見なしている。そして、それ以外の大多数の人たちは、この裁判のことをよく知らないのではないかと思う。それぞれの政治的な立場からの解釈があってよいと思うが、その前に、この裁判を世界史の重要な出来事と捉えて真相を明らかにする必要がある。「ドラマ東京裁判」は、NHKが8年の歳月をかけて世界各国の公文書館や関係者に取材を重ね完成させたものであるらしい。小生は、一部を見ただけだけれど、それだけのことはあり、判事たちの実際の議論がかなり忠実に再現できているのではないかと思った。NHKに再放送をお願いするとともに、もしそうなったときには見ていない方に4話全体の視聴をお勧めしたい。

by t0hori | 2016-12-22 23:46 | 随想 | Comments(0)  

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